朝。祖母の手作りヒレカツと嫁の手作り揚げポテトでめし。ヒレカツはとうちゃんが朝昼で喰いきった。なんでそれほど喰うのか。無為徒食。
10時の体操クラブへ向かうときにスカイ父子と遭遇。
「特に行き先が決まっていないのなら一度見学に」と誘ったが、駐輪場に着いた頃にスカイ君の気配があやしくなった。クラスの前で別れようとしたとき、行き先が「交通公園」だと口を滑らせたのがまずかった。今度はわんたろうが「たいそういかない、こうえんいくよ」と愚図りだし、どうにも手がつけられない。ぎりぎりまで粘ったが、無理矢理連れ込むほど気概がない。助け船もない。どこかのおかあさんは怖い顔をして知らんぷりしている。ああ、つらい。
わかったよわんたろう、今日はサボることにしよう、でも靴だけは履き替えていこう、だって今朝おまえが選んだのは古い靴でサイズが小さすぎるだろう、体操クラブならともかく、そのまま公園に行けば足が痛くなるだけだ。
しかしわんたろうは聞く耳を持たず、あっちいくよこっちいくよと指図して自転車はどんどん南へ、途方に暮れて南方ではぐれて。
南荻窪2丁目で郷土資料に載っていた何某美作氏の邸宅を発見した。庭にケヤキの巨木があるんだ、わんたろう、見てみよ、あの偉容を、すごいだろう、とうちゃんは人間づきあいは苦手だが、巨木を見るのは好きなんだよ、
環八へ出たが、もう少し下ると五日市街道だ、うーむ、しかし靴を履き替えないと纏足になってしまう、北へいくんだとて環八のぼる川南あたりで頭痛喘息きざし、ガソリン自動車の時代はもう終わりだ、テレポーテーションか、さもなくば水牛・どんきーなどを使役するのはどうか、ああ南無三、せめて乳幼児を救っておくれ、オレはビョーキだ、くるくるぱーだ、
帰宅。靴を履き替えたのはいいが、今度はサイズのでかい青いサンダルを選ぶので、わんたろう、それは大きいからやめようよ、というがなんとしても聞かず、窮屈よりはマシだろうと言い訳して公園へ。
枯れ葉よ、枯れ葉よ、なぜ抜け毛のようにさみしくさせるのか。ぷ、ぷっぷくぷぅー(マイルス)。
善福寺緑地は枯れ葉だらけであり、垣根の垣根の曲がり角では焚き火をしたり、火宅では焼き芋喰って屁をこいてガス自殺する孤独なご老人がいたり、路地裏では放火したりパンツ泥棒や結婚活動詐欺をする不逞の輩もいるのだろうか、実にもってけったいなことである。
公園にて。
「カミさんがストレスで参っちゃって」という週末パパもいる、ああつらい、だれもが幸福になるにはどうしたらいいのだろう、この時代は不安と緊張だらけだ、そうかと思えばバカ笑いやバカ喰いだ、ああつらい、どうして幼児教育とか保育の重要性をもっと見直そうとしないのだろうか、おとなになったら忘れたのか、老人になったらどうなのか、壮年者よ、子どもらが今の私たちの年齢になったとき、自分がどうなっているのかくらいはしっかり想像できているのか、
私はヒレカツが主要成分の屁をこきながら考えていた。空は青かった。
午後。いろいろ苦心惨憺して親子ヨガへ。
はじめてのお子様がいらっしゃいまして、先生に向かって「おもしろくなければわたしはやらない」といいました、ああかわいげのない糞生意気なガキであるものだ、しかし、そういうことはなんで起きるかといえば、日頃幼稚園でつまらないことを強要されているからであろうし、子どもにはなんの悪気もないのである、ところでT先生はさすがに老練であるから、女児に「おもしろいかどうかは人それぞれだからわからないけどね、やってみようね」というようなことをおっしゃって、なかなか面白い「人間双六」のようなゲームをしたところ、偶然にもその女児が一等賞だったからなのかどうかは知らないが、女児はご機嫌だった。
さて。ふつうの幼稚園はこのようなとき、どれほど対処できるのだろうか、心もとないのである。つまり、基本的には遊び場を提供しているだけか、号令に従わせるだけかが教育手法の二本柱であり、問題児がいれば、ヒステリックに叫ぶ、泣く、怒る、子どもを排除する、徹底的に無視する、周囲に対して「あの子はダメな子だ」という印象づけをする、園長先生に泣きつく、というようなさまざまな謀略を駆使して、「ダメな子」をソフトにハードに駆逐するのではないか、
けれどT先生はボサツの域であるから、私たちのような父母世代とちがって実に根気強いのだ、見事な人間力である、やはり自分なりに鍛えてきた60才以上の人間は力がちがう、私は感嘆し、ケツの穴をぎゅっとしめて、屁をこらえたのである、ぷ、ぷっぷくぷぅ。
帰路。駅前のパン屋でわんたろうと軽食。先週同様「バスで帰る」というから、中杉通りでバスに乗るが、混んでいたため乗った途端に愚図りだし、あっちこっちと指図されて右往左往した挙げ句に運転席の近くで落着。膝立ちでダッコしていたら入眠。
わるかった、とうちゃんはどこかしら足りないところがある、ひとつは友だちがいないことだ、だからおまえにさみしい想いをさせてしまうことが多いのだ、そしてとうちゃんに仕事がないことは、おまえの恥になるのかもしれないと思うたびに、ブログやミクシイに書いている場合じゃないだろうと思うのだが、いかんせん無能である、
秋の心とは、「愁」と書くのであるか、
とうちゃん、「かきかきのおしごと」してるんだよね、とうちゃん、まさか「ブログ野郎」じゃないよね?
しらんぷりちゃらんけ、ほーい、うぽほえ。
しらんぷりちゃらんけ、ほーい、うぽほえ。
フォト:リンガのごたる南荻窪の巨木

