2009年11月06日

そんなオヤジのひとりごと。09.10.30(金)。

10/30(金)。 前夜。ホッピーと湯豆腐で晩酌しながら、わんたろうのリクエストに応え、教育テレビ「みいつけた」主題歌をくり返し歌唱。ついでに増位山の「そんな女のひとりごと」も歌ったが、これは不評だった。トータス松本を紅白に。「アンパンマンたいそう」も紅白に。

夜半。わんたろうが「おみずのむ」というので、鉱泉水を探したが見あたらず、「どこにあるのか」と聞いたつもりだったが、「今どうしても必要なのか、出すのが大変なんだ」と嫁が猛々しく応答したため、「いや別に聞いただけで、出せとは言っていない」と抗弁したつもりだったが、「アンタの言い方はいつでもきつい、責められているようだ」といいながら納戸を探って取り出したのは発泡水で、「あのね、わんたろうが飲みたいのは水だよ」とかなんとか口出ししたのはまずかったのだろう。「死の棘」が天から降りそそいできた。しかし、驚くべきことにわんたろうはめげるどころか気丈であり、「とうちゃん、あやまりなさい、ちぃちゃんにごめんなさいっていいなさい」と強い口調でさとすではないか。…うーむ。あい、under スタンド!(我、忍耐の下に)

翌。『三昧王経1』は「深遠なる法をうけいれるための忍耐」。…スタンド! (スライ)しがない中年男よ、耐えるんだ。

朝。手作りコロッケとポテトめしやら喰い、祖父母同伴で「寺子屋チェ」へ。再度見学。徒歩25分。

古生代から新生代までの横長の図版をタテに数頁に区分して、1頁ごとにぬり絵させる手作り教材などはすばらしい出来映えだと感心した。先生たちは園児への目配りが行き届いており、集中が切れた子どもには絶妙のタイミングで声を掛けている。私にはとうてい真似のできないことだし、子どもらが先生たちを信頼していることは明らかだと感じた。外遊びでは、年長児が年少児を守護するように率先して手をつなぐ。

迂闊にも私が弁当を持参しなかったため、ひるどきに退散。去り際に、「遠出の時も見てみたい」旨を伝えると、「アンタ、何をこれ以上見たいんや、そんなの入ったらなんぼでも行けるわ」と園長先生に一喝され、「いや別にそういうわけでもないのですが」とかなんとか、しどろもどろに答えたりして顔面を痙攣させたが、「このように親を叱るくらい迫力がある先生に出会うことはきょうびありえないことである、やはり赤ひげであろう」という確信を深めたのだ。

帰路。聞きかじっただけのだいたいのカリキュラムを祖父母に説明し、「もう3才ですから、私がひとりで毎日相手をするよりも、ここに入園したほうがいいと思っています」というと、「そうだそうだ、まったくだ」と強く合意していた。…あじゃぱー、そんなにアレですか、たよりないですか。そうですね。

なんだか肩身が狭いものだなぁ。
けれど、わんたろうが長い道中にダッコをせがんでくるのはとうちゃんなのだなぁ、ありがたいものだなぁ、とうちゃんは再生するぞ、おまえといっしょなら苦労もいとわないぞ、やることはやるぞー。とうちゃんもいっしょに成長するぞー。

帰宅して昼食。わんたろうは喰わず。口うるさいことをほとんどいわないから、私と同じ放蕩児になることを責められているのか。猛烈な教育やしつけは緊張を高くするだけではないのか。

午後。真新しいアディダスのサッカーボール持参して公園へ。しかし途中で買い食い。さらに路地で愚図って言うこと聞かず。「あおいぼーるがいい、おもちゃやにいくよ」というので、「ねえ、こないだサッカーボール買うときにとうちゃんは青いのと白いのとどっちがいいか聞いたよね、そしてなんにも答えなかったし、いらないっていってたよね、(わかっているんだよ、キミは鉄道の玩具に気をそらされていて、サッカーボールのことは忘れていたんだろう、だから白も青も選ぶ気持になれなかったのだろう)」。

私たちは言語の意味を超えて話しているときがある。少なくとも私は勝手にそう思っている。ほんとうは路上で坐りこんだまま言うことを聞かなくなったわんたろうは、サッカーボールの色の選択が自分の思い通りでなかったことを不満に思っているのではない。

スタンド! ねばるんだ、とうちゃんよ、息子よ。偏奇の眼で見られることを気にかけるな。

うねりあるいて公園めぐり。漫才師とダンサー志望の若人がそれぞれ自主練習している。えくせれんと。自分のやりたいことを精一杯やるがいい。おじちゃんもがんばるぞぅ。

夕暮れ時、毎度意地悪される男児に遭遇。わんたろうは親愛を示しているのだが、その子は強く拒絶する。いい子だ。スタンド!…いやなこった。


オレをここから出してくれ、
見よ、オレの水上歩行を、
ヤツらに箱詰めにされる前の
(イギー・ポップ、「セイヴァー」勝手訳)


「双子と左利きが増えているような気がする」ということを、寺子屋の先生に話してみたら、確かにそうだと答えてくれた。

天地無用にあらず。


R0011418.JPG

フォト:本天沼の蓮華寺、ピラカンサス(というらしい)

posted by redsnake at 21:46| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。