6/25(木)。前夜。「you tube」で矢野顕子が「きよしちゃん」なる歌曲を演奏している映像を、嫁が見せてくれた。「いい歌だね、きよしちゃん」みたいな歌詞だった。このふたりは精神的には夫婦に近いのかもしれない。以前にも書いたが、清志郎の「海辺のワインディング・ロード」を矢野顕子がピアノの弾き語りで演奏したのは最高によかった。一方、同じく「you tube」で見た矢野の「ひとつだけ」をうたう清志郎も最高だと思った。このふたりは互いの曲をカヴァーしても、歌曲に潜在する別の魅力を引き出すことができる。並みの力量の歌い手だと、歌曲の味わいは感情が一本調子になってしまうだけだ。どれほどリスペクトしていようが、コピーが原曲のニュアンスを拡大させたり逸脱することはない。たとえばゴスペラーズが「スロー・バラード」を歌うと、甘ったるくて感傷的な歌曲になってしまう。仲井戸麗市は大好きだが「いいことばかりはありゃしない」をやると、グチっぽくてどんよりしてしまう。まあ、そういう歌詞なんだが、清志郎が歌うと嘆き節のなかにも憤怒やペーソスや居直りや脱力感があって、聴いてる側が必要以上に落ち込むことはない。
凡庸な私たちがカラオケでうたっても、同様以下のニュアンスしか醸し出せない。感情はただひといろになってしまう。
翌。わんたろうは5時半に起きて過活動。嫁はときどき怒るらしく、それはそれでいいが、「私が怒るととうちゃんをたよって逃げていく、怒るたびに嫌われるだけだ」という意味合いのことを言っていたが、私はそれなりにオッサンであり、時代が時代ならわんたろうのジイサンだといってもおかしくないのであり、また私はどういうわけか昔から孫が欲しかったのだから、私のことをジイサンだと思えばいい、ということを心の中で思った。まあ、若年寄というか、私にはジジイ的資質があるのかもしれないし、そしてそれ以外になにもないのだろう。母親は怒りたければ豪快に怒ればいい。そのときジイサンが優しければ、子どもがグレることはあるまい。ジイサンは役目が済んだら死ぬだけだ。
朝飯はシウマイ。わんたろうはあまり喰わず。9時半。ダラダラ保育していたら、わんたろうはウルトラマンの人形を握りしめたまま眠ってしまった。しばし清志郎インタビュー読。
読んでいて記憶が甦ってきたが、私は1982年『ビート・ポップス』以降、1986年のライブ盤が出るあたりまでまったくRCを聴いていなかったどころか、ロックそのものをあまり聴かなくなっていたのだ。ジャズばかり聴いていた。たぶんテンションのかかり方がものたらなくなっていたのだろう。それで、記憶上では『ビート・ポップス』のあとがいきなり1990年の『Baby a Go Go』に飛んでいる。
しかし、ロックに戻ってみると、エリック・ドルフィーと清志郎はけっこう似ているような気がしたり、コードが単純だから音楽のテンションが低いとか高いとかそういうことを決めつける要因ではないのだと思えてきて、私はまたすんなりロックにのめりこんでいた。なんていうか、グルーヴ感というか、音律にうねりのようものが生じているかいないかが問題であり、テクニカルなこととか高度な音楽理論が楽曲の魅力の根幹をなしているのではないということが、遅ればせながらわかってきたのだろう。
それだけでもない。
私はロックを聴かない時期にも落語や講談は聞き続けていた。清志郎の声は、超一流の芸人特有の甲高さと低音部とか、ダミ声と甘い声とかの使い分けができていて、両性具有的な要素がある。だからいくらでも人格を演じ分けることができるだろうし、歌詞の内容以上に情緒に含みをもたせることができるのだろう。「ビート・ポップス」の歌詞に出てくるローランド・カークをどれくらい好きだったのかは知らないが、清志郎は「声のマルチ奏者」といっても過言ではない。たとえばU2のボノはこういう芸当ができない。あのひとはうまいが、いつでもかっこいいだけだ。子どもやご老人まで同調するような歌ではない。少しはずっこければいいんだ。
午後。託児付ヨガへ。3人のお母さんはそろいもそろって美人であることを、今になって確認した。それはともかく、この教室は楽しい。あたりまえの解放感がある。
帰宅時。新聞勧誘員がしつこく食い下がるのはいいが、三流のお笑い芸人の研究でもしているのか、やたらとぺこぺこしたり、不用意に自己卑下したりするのを見ていると次第に不愉快になってくる。「新聞はとるかもしれないから、名刺を置いていってくれ、あなたの名前をちゃんと出すから」と言っても引き下がらない。そういうしつこさがかえって逆効果でしかないことを、彼はわかっていない。営業が苦労であることは了解するが、営業している本人が商品の魅力を感じていないならその時点でペテンの稼業だ。自分の営業成績のことをとやかく気にする前に、日朝新聞をしっかり読んでみたらどうか。日韓スポーツがほんとうに他紙よりおもしろいと確信しているなら、それほどぺこぺこする必要もないし、洗剤や遊園地のタダ券をちらつかせることもないだろう。必死に生きているというより、必死に自分も他者もだまそうとしているようにしか見えないんだよ。そこんとこどうなんだ、毎朝新聞。
西友屋上で遊び。途中で嫁が交代してくれて休憩。つげ義春少読。「魚石」なる短編の表紙に二眼カメラの「リコーフレックス」が写っていた。中古カメラへの愛着というのはなんだろう。私は「リコーフレックス」や、ハーフカメラの1966年製「オリンパスペンFT」なんかをもっていて、いまだに手放すことができない。
それで今探してみたら、「オリンパスペンFT」が見つからない。
ならば、とて。忌野清志郎の名盤『GROOVIN' TIME』を聴く。「君たちはみんなガラクタなんだから」。
6/26(金)。前夜。疲労回復せず、筆記不調。夜半にまた「ひとつだけ」の矢野顕子・清志郎共演映像見る。ジャスラックは存在意義ありやなしや。彼らは「自己保身」以外に興味がないのではないか。本音を言えよ、ブタども。
翌。睡眠障害のさなか、ネズミ取りの夢見。スヴィドリガイロフもネズミがはい回る夢を見たらしい。そして死んだ。嫁が出勤するというが、起床困難。キッチンの「洗濯機故障、電話して」のメモが意味不明で混乱。わんたろうは軽食。父は残り物のアユ塩焼きをうまくもなく喰らいながら、おろそかにしていることを悔悟するより無念無想の腹下し。おまえのウンコにはなりたくねぇな、とアユ。バーロー、喰いたくねぇときもあるんだ、オレはうなぎの蒲焼きが喰いたいのにおまえが冷蔵庫で腐りかけているから喰うんだ、文句あるか。…いや、言い過ぎた、訂正する。うなぎはあくまでもたとえだ。ただあまり食べたくないときがあるんだ。
しばらくして、わんたろうはプリンと海苔を喰う。めしを喰えよ、めしを。「ぷりんもっとちょうだい」。知らんぷりんのプリンス。
♪ オレの名前はプリンスだ そしてオレはファンキーだ (by プリンス)
いつもの教育テレビではなく、たまたまニュースをつけたら、「マイケル死す」なる報道。格別驚きはない。「キング・オブ・ポップ」らしいが、あのひとは病気だということはずいぶん前から知れていた。報道機関はこの事件を取り上げすぎだ。やるならもっと別の角度から照射してみればいい。存分に彼を評価して、同時に彼の病理にどういう普遍性があるのかを分析してみればいい。そうでなければ救われない。報道はいつでもおためごかししか言わない。もう、うんざりなんだ。
夏日なのか。路上でルー君母子と遭遇し水遊び。わんたろうはそれで十分満足しているようだが、炎天下でアスファルトは焼けている。どこかの小学校は芝生になるらしい。
午後。遊びの延長でどこに行こうかすったもんだの挙げ句、「こうつうこうえんいく」というわんたろうに従って自転車移動。噴水が涼しげでいいが、わんたろうはすでにそれなりに遊びきった満足感があったのだろう。いつも盛り上がる「蟻地獄スライダー」で早々に愚図りだした。「おうちかえゆ」と自ら発案したのは、はじめてではないか。私にとってはラクでもあるが、拍子抜けの感じもある。
夕方。『罪と罰』は佳境だ。スヴィドリガイロフは死んだ。ラスコーリニコフは母を愛している。つまりこの物語は、「母性の崩壊」をさほど含んでいるわけではないのだろう。むしろ都市や時代が崩壊の兆しを見せているのだ。そして大地は母だ。都会は腐れ外道のすみかなのか。忙しい、あつい、さむい、せまい、くらい、じめじめしている。崩壊をまぬがれるのはむずかしい。
宵にマイケル続報。「ロンドン公演間近」だったと聞いて、「死因はトレーニングのやりすぎ」ではなく、「プレッシャーだろうし、ああいうひとは完ぺきにやりたがるんだ、清志郎のように軽い感じでそこらのライブハウスに飛び入りしたりはできないんだよ、だから明確に自殺とはいえないにしても、無意識レベルでは自殺なんだ」と嫁に話していたら、直後の映像でユリ・ゲラーが似たようなコメントをしていた。
「ついでにいうと、この報道には裏があるよ、つまり宣伝を兼ねているとか、そういうことだ、稀代のエンターテイナーであるマイケルはみんなに搾り取られたんだよ、死んでもまだやられている、かわいそうな芸人だ、そしてほぼ同世代のプリンスとは才能で比べものにならない、ファンは盲信しすぎだ、報道も偏りすぎだ、マイケルは確かに時代の寵児かもしれないが、同時にこの時代の犠牲者なんだ」
2009年07月04日
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