6/17(水)。(フォーマット変更試み。しかし全部左詰にしか反映されない。)
前夜。わんたろうは近頃昼寝なしの早寝パターンが多く、寝る前のひとあそびができない。ほんとうはその時間がいちばん楽しいのに。
翌。鶏団子とカボチャと高野豆腐等のセイロ蒸し、アジ焼き、麦ライス。わんたろうはアジと高野豆腐は食べるが、鶏団子を食べない。うまいのに。
昨日のミクシイ・ニュースでは、都内で起きた母子心中に反応して意見が飛びかっていた。意外な感じがしたが、実は自分が乳幼児期の記憶がないからなんとでもいえるといえばそうだし、子育ての苦労を知る母親が同情するのはともかく、それでも私はやりとげたと、優位に立つ発言をするなら、「まだ終わったわけではない」と突っ込んでみたくなる。
私は40才で子供が生まれたからさほどでもないが、もし20代で家庭をもっていたら、今と同じようには立ち回れないことは確かだ。自分のやりたいことがハタから見てどれほど愚劣に見えても、あるいは単なる欲求に過ぎなくても、やりたいことを我慢しつづけるのは相当のしんどさがあり、ましてその欲求を否定されたり、やたらとプレッシャーをかけられたりすれば、母親(育児担当者)は参ってしまう。乳幼児期の子育てはパートナーや祖父母やだれかの協力なしに、たったひとりでやり遂げようとするとハードであることはまちがいない。まして、地方から家出同然で単身上京して身寄りがない場合などは、夫の協力が不可欠であろうが、遅くまで労働に従事しているとしたら、ハードさはさらに増していく。私も含めて成熟したおとななんて滅多にいないのだから、ほんとうにきついときには「一時保育」でもなんでも利用すればいい。けれど多くの場合はもっと余裕があるのにそうしている。育児の苦手な母親が孤立しているのに理解者がどこにも見あたらず、精神が次第に病んでいくこともあるし、そのとき子供をおいていけないほど、社会不信に陥っていることもあるだろう。
都心部では虹も見たことがないし、犬のウンコを踏んづけて登校したあとに同級生にからかわれることもない。ゆえにギンバエもいない。水たまりにはアメンボもいないし、アジサイにはでんでん虫もいない。野垂れ死にのジジイもいないし、かんの虫で泣き叫ぶ子どもすら見ない。路地裏でキャッチボールしている子どもを見ないと思えば、音もなくすり抜けていくトヨタのハイブリッド自動車に驚くこともある。だれがどこで叫んだりわめいたり泣いたりすればいいのか。時空がもっとも繊細な個人を圧迫した果てに惨劇が起きるのか、神経の図太いヤツらが生き残るだけなのか。
♪
世界はなぜ 愛を見失い 傷つけ合うんだ
人々は今 孤独の中 信じ合う術を知らない
(「涙のプリンセス」作詞/作曲:忌野清志郎・三宅伸治)
掃除しながら、わんたろうの声が聞こえるほどのボリュームで『夢助』を聴いていた。私は親として不十分だが、ここまではできるし、これ以上はできないということを、ある程度把握しているつもりだ。だから近頃会話が達者になってきたわんたろうと、うそいつわりなく話すようにしている。
昼。善福寺川緑地から交通公園へ。わんたろうは「ブーブーのる」と言って走り出した。真っ赤なフェアレディZはピカピカの新車だ。近隣の幼稚園児とからみはじめて、わんたろうは「がおうがおう」と叫びながら5才児ふたりを追いかけ回しているそのあとを、とうちゃんが追いかけ回している。
別のグループの幼稚園児が藪の中で遊んでいて、ミミズをなぶっていたが、「ミミズがかわいそうだ」という声も出ていて、こういうことを言う子どもは昔はいなかったと思いもするが、ミミズへのなぶりがやむわけでもなく、「ミミズさわるとちんちんが腫れるよ」と私がデタラメを言うと、なぶっていた当人はどうにかミミズを逃がす気になった。
わんたろうは人見知りせず、次から次と幼稚園児のグループに突入するため、私はその都度あちこち追いすがりながら、トラブルが起きることを見ていたり、いっしょに参加できるときには適当に遊んでもらう。「ねえ、あの子だれ?知ってる子?」と、ませた女の子が聞くが、この公園の男の子達はそういうことをまったく気にかけない。そういえば「4時半で閉園だから」とくり返し叫んでいたのも、女の子だった。
自転車の練習をして、「蟻地獄型スライダー」で再三遊んで、わんたろうは最後の一人になるまで帰ろうとしなかった。私は合間合間に『罪と罰』のラスコーリニコフと予審判事ポルフィーリイの対話を読んでいたが、さほど読み進まない。
宵。ささいなことで嫁と口論になり、「アンタの言い方はいつでもきつすぎる、つまらないことで大騒ぎするな」と言われ、「別に大騒ぎなんかしてないよ、これこれこうだから最初のミスをそのままにしておけばいいだけだろう」と、いくつかのしくじりが重なった事実確認をしたら、さらに「アンタはいつでも自分が正しいと言いたいのだろう、ブログもそういう調子だ」といつものセリフを決めるので、「オレは自分が正しいと思ったことはない、ただどうしようもないほどインチキな連中をきっちり罵倒しておきたいだけだ」と応酬すると、わんたろうが「うるさいよ」と数回くり返した挙げ句、「ツマラナイカラヤメロ」と仲裁していた。
…ふたおやはダメだが、わんたろうはなかなかの傑物だ。
2009年06月24日
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