2009年06月18日

ああ幸いだ、貧しい人たち。6.10-11。

6/10(水)。空からアマノジャク。人間界のルール。

前夜。「空からオタマジャクシがふってきた」とミクシイ・ニュース。そのうちカエルが大発生するか。ブヨとかアブも出るか。「しかし、ファラオは屈しなかった」(手塚治虫『十戒』)。われ夜な夜な乱心乱舞。遅上がり独り寝。

翌。仏教本に「人類の役に立つ」云々。役に立たないばかりか、迷惑。
目玉焼き、鮎の残り、大根とナスのみそ汁、麦ライス。わんたろうは軽食。

教育テレビのコッシー見終わったあとから不穏。風邪薬のせいでだるいのかもしれないが、連日の不機嫌でどうにもならない。トイレの練習用DVD(ベネッセ)を見せても、実践は断固拒否。無理に教えたり指示しようとすると、猛烈に反発する。

今日も自転車にのらない。
「あっちいく、あるいていく、だっこ」
「とうちゃん重くて疲れちゃうよ、自転車乗らないなら自分で歩いてくれよ」
「だいじょぶだよ」
「なにがだいじょぶなんだよ、わんたろうはだいじょぶだろうけど、こっちはだいじょぶじゃないんだよ」

ツタヤでビデオ返却。わんたろうがウルトラマン・シリーズを所望するので、ウルトラ8兄弟ムービー、みたいなのを借りる。手続きが済むと、「もういくよ」だと。こっちのセリフだ。

このままでいいのか。自然に成長するのだろうが、最近は一日をしのぐことがしんどい。図書館までの道すがら、ずっとわんたろうに話しかける。

「ねえわんたろう、人間界の最低のルールだけはおぼえようよ。たとえばお友だちにかみつくのはやめるとかさ、その程度でいいよ」
「とうちゃんはそういうけど、ブログとかでずいぶん人にかみついているらしいじゃないか、ヨガのインストラクターとかさ。人のこと言えるのかい?」
「うーん、確かにそうだね」
「だから読者が少ないままなんだろう? ちがうかい?」
「…おまえ、なんでそんなことまで知ってるんだ?」
「こちとらお見通しよぅー、どうだい、ぐうとでも言ってみな」
「愚ぅー」
「ところで反省はしているのかい?」
「いや、あんまりしてない」
「だったらよけいボクのこといえないだろう、わかる?」
「うーむ。猪口才な」

(ビシッバシッ…テメエ親に向かってなんだそのいいぐさは、ドカッボコッ…うるせえクソオヤジ、酒ばかり飲みやがって、パイルドライバーでも喰らえ!…ブシュウ、がっでむ、…おい、とうちゃん、だいじょぶか? 今日はこれくらいにしといたるわ。)

読書の森公園では近隣の園児が集団で遊んでいた。「いってみるか」と、わんたろう。
しばらくして園児らは帰ってしまった。「わんくんもようちえんいきたいな」、「ほんとに?」、「うん」。…そうか。

同年齢の子どものお母さんと会話した。
その子はすでに「プレ幼稚園」に行きはじめているらしい。最近の様子を見ていると、もうわんたろうは子ども同士の集団生活をしたほうがいいのだと思えてならない。週のうち1時間でも2時間でもいい。けれど、体操クラブは嫌がっている。だから踏み切れない。合わなければやめてしまえばいいのかもしれないが、やめるたびに世間がせまくなるような気もする。

子どもとそれぞれの親という組合せには、私自身にある人づきあいの苦手を克服する必要があるが、ときどき恐ろしい破壊光線を浴びせられることがあって、そういう母親はとにかく気が強いから、軟弱な私は太刀打ちできない。

子ども同士のいさかいで、どちらかがいい子らしくふるまっていたり、やや被害者側にあるならば、親は心理的に優位に立つか、少なくとも余裕をもつことができる。反対の側にいる親はまずわが子を叱りつけたり、教育的な態度をとらなければいけない、というふうに優位の親は思うのだろうか。

私はそれがきつくて仕方がない。
ほんとうは個人差があるだけだ。つまり、親の言うことをよくきく子もいれば、何か言えば猛反発する子もいる。聞き分けのよしあしはその子の個性だとしか言い様がない。そしておおむね、聞き分けのいい子とは気の弱い子で、そうでない子は「きかん坊」で強情かもしれない。

【利かん坊:人に譲ったり負けたりするのが嫌いな、気性の激しい子。きかんきな子。】(広辞苑)

「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」からこその「わんたろう」だが、周囲が気弱でおもちゃをとられるとすぐに泣いてしまうタイプの子どもばかりだと、問題児と見なされたり、暴力的だととられることもあろうし、それ以上に「親の顔が見てみたい」と思われるだろう。

…るっくあっと、みー。こんな顔だよ、こんな顔。薬物中毒特有のいかにも不健康そうな悪相。ブラック魔王に似てるっていわれたことがあるよ。

それ相当にがんばらないと、ふつうに生きることすらできないような生活無能力者。

おう然として
ああ酒のかなしみぞ我に来れる
立ちて舞ひなむ
(石川啄木)

人の親どころか、そもそも人間失格。だから他人のことをとやかくいわなきゃいいが、子どもを見ていると黙っておくわけにはいかない、と思えてくる。私はたしかに無能だが、あなたたちの有能ぶりとはどういうものなのか? 巧みに子どもを言い負かすことか?

図書館の裏にガンジー像が立っていた。ならば、とて、児童書のガンジー伝記を借りた。


帰路。薬が効いたのだろう、わんたろうはダッコして入眠。
途中線路沿いの古本屋をのぞくと、けっこう人だかりしているので入ってみた。たとえば建築家の磯崎新の著作が数冊並んでいたり、文庫の品揃えも豊富で、岩波文庫の与謝野晶子歌集は315円、中沢新一の『虹の階梯』も315円だった。確か嫁は数千円でネット買いしたはずだ。私は絶版本をべらぼうな高値で売り買いすることが好きではない。だから清志郎特集の『生卵』が2万円で売り出していたときも、買おうとは思わなかった。まして清志郎は音楽家だ。

そういう私はただの貧乏性で、人に自慢することはなにもない。
ふりかえるとだれもいない。

帰宅。早上がりの嫁が教会通りに新しくできたタコ焼き屋に寄ったらしい。遅い昼食。冷や奴とタコ焼きと納豆めし。

夕方。『SIGHT』連載中の北野武インタビュー単行本『時効』読みつつ、わんたろうと添い寝。

「結局、お金って遣う奴のスタミナっていうか、背負う力がねえとダメなんだよ。」

「俺、ものすごい運がいいと思うもん。お金に執着心が全然なくて、なおかつそのまま実際の生活もできるってことは、二つ同時に手に入れたわけだから。ありがたいなあと。」

…「スタミナ」や「背負う力」は実感としてわかるところもある。けれど同時に「お金に執着心がない」というのは、出会いとしてはない。私自身は、自分の給料が20〜30万円のあいだで満足していた。だから業務上、月間数千万円のお金を動かすことにも淡白だったし、そういうことで勘違いすることもなかった。


6/11(木)。金髪にしようか。

前夜。何度書き直しても送信可能状態とは思えず、未送信。夜半に発泡酒とキムチ。寝ていた嫁を起こして、「ホステスしろ」。

で、夜話。
嫁曰く、ロッキング・オン・ジャパン「清志郎追悼号」の坂本龍一のインタビューが面白いのだと。それはたぶん「生死を超えて」いるからだろう。非凡な人というのはみなそうなんだろう。「規格外の才能」というのは感性が無限にひらいている。そういえば坂本は『戦場のメリークリスマス』でたけしと共演したときも『ひょうきん族』なんかに平気で着ぐるみ姿で出ていたし、吉本翁との対談本『音楽機械論』で「先の予測がつかない音楽」という意味合いの発言をしていた。それはつまり、「キミの知らないメロディー、聴いたこともないヒット曲」なんだよ。オレはそれを読んだとき、矢野顕子と清志郎を思い浮かべたよ。けれど坂本さんは秀才だから、けっこうかぶれやすいところもあると思うよ。読んでないからわからないけど。

翌。眠気やまず。体操クラブ拒否以来、その日をどうやり過ごせばいいのかわからない。自転車に乗らないことも行動範囲を狭くしている。納豆麦ライス、即席みそ汁。わんたろうはめし少々、せんべいと海苔とぷりん。(しかし午後はけっこう食べた。父はサッポロ一番塩。)

午前中はテレビと掃除と室内遊び、だらだら。『ウルトラ8兄弟』後半だけ鑑賞。菱見百合子(ウルトラセブンのアンヌ)だけはやけに若い。40年は長いかみじかいか。過ぎてしまえばあっというまだ。だからウルトラマンを応援するだけでなく、自分にできる範囲のことで少しずつやるだけだ。

雨上がり午後。外出は手間取る。自転車はあきらめて徒歩。途中路上でルーくん母子とあいさつ。「よそのお母さんは明るいのに、オレはずいぶん暗いじゃないか、わんたろうが余計に苦労するだろう」と思いつつ、ダメなら引き返すつもりで丸ノ内線移動。南阿佐ヶ谷の託児付きヨガへ。

案の定というか、子ども同士で遊んで、第三者的なおとなが見守っている状態のほうがよさそうだ。こういうことを一定時間やればいいのか。ああしろこうしろと教えられたり、叱られたりすることがイヤな時期なのかもしれない。よくあることだが、たぶん時間が解決する。ここ数日間は風邪薬の影響もあったのだろう。子どもの成長に合わせて、その都度やり方を変えるしかない。

帰路。西友で買い物中は何度も大声を出さないとあちこち彷徨してしまう。だんだん話がわかるようになっているのも変化のひとつだ。

夕方、わんたろうと添い寝。読書量極小。「北野武、お金を語る」を少々読。『時効』の表紙写真見ていたら、たまには金髪にしてみようか、と思う。
そんなことはどうでもいいが、金をくれ。10円くれ。このブログは面白いと思うなら1回につき10円くれ。そういうふうに思うだけでもいいし、面白くなければ10円返す。

…タイトルは「マタイ福音書」5.3より。


posted by redsnake at 20:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おい、ダメおやじ。「やめると世間がせまくなる」っていうのはおまえのことだろう。他人事みたいに書くんじゃないよ。おもしろくないから10円返せ。
Posted by 緑川蘭子 at 2009年06月19日 20:43
はじめまして。散歩好きの椎茸男(しいたけお)と申します。
レッドさんの日記はたいへん面白いと思います。ところどころ納得いかないのですが、いつもそれなりに楽しみにしています。ところで10円払うにはどうしたらいいのでしょうか?
Posted by 椎茸男 at 2009年06月19日 22:22
緑川さん。
度々の鋭いご指摘ありがとうございます。まさにそのとおりです。
ところで「悪辣なコメント1回50銭」という本文への書き込みを忘れていました。都合差し引き9円50銭です。支払い困難ですので、またのご来店をお待ちしております。


椎茸男さん。
すばらしいネームです。支払い方法は暗中模索の最中ですが、もし「ビッグイシュー」の販売員さんがいるなら、雑誌購入ついでに「スネイクによろしく」と言って銅貨や銀貨や小判、あんぱん、チョコレートなどを渡してください。身近に販売員さんがいない場合は、路上の先輩に謝礼を、それもいない場合はミミズやオケラやアメンボ、野良鳩やカラスやトカゲやヤモリや蝿、浮遊する魂などになんとなく奉仕してみてください。なお、いずれの行為にしても必ずアホづらをしながらやってください。
Posted by オレは偽善者、redsnake at 2009年06月19日 23:50
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